すでに訓練段階6点について説明しましたが、それらを実行するうえでさらに理解すべきことは、ここで説明する基本概念5点です。騎乗にあたり、下記に示す5点をしっかり理解していくことが大切です。
- 歪曲(ゆがみ)
- 真直性
- 内方姿勢
- 湾曲
- 内方姿勢変換
1.歪曲(ゆがみ)
馬には生まれつきの歪みがあり、どんな馬でも多かれ少なかれ右なり左に歪んでいます。このような現象は一般的に母体内の胎児の状態によって起こると言われています。そのほか心臓が左側にあるために、危険に際し本能的にその心臓をかばうために起こるとも言われています。また、前躯が後躯より狭いという馬の持つ体型によっても起こるとも言われています。決定的な原因というのは、まだ明らかにされていませんが、上記に述べた事柄はひとつの要因であり、そのほかにもまだ考えられる要因は多くあります。
一般にこの生まれつきの歪みは、比率的だいたい 7 対 3 の割合で後躯は前躯に対して右側に位置しています。まっすぐな馬の状態の場合は、前躯は後躯の前方に正しく位置しています。そのような馬は、左後肢は、左前肢の方向に、右後肢は右前肢の方向に踏歩することができます。
一方歪んでいる馬の状態の場合は、後躯が前躯に対して右側に位置しており、左後肢は両前肢の間に位置し、右後肢は右前肢の外側(馬場の内側)に位置しています。
馬の歪みは、前躯に対しての後躯の位置および後肢の踏歩状態によってその馬の歪みを判断することができます。その場合、我々は左右の後肢はまっすぐに左右の前肢の方向に踏歩するように真直性を求めます。
そのほか、馬の頭部と頸部のつながり状態、および頸部からキ甲へのつながり状態、さらには脊椎から尾骨にかけてのつながり状態を見ることによって、詳しくその馬の状態を知ることができます。
馬の生まれつき持っている歪みは、Lクラスまでの運動課目によって矯正することができます。
例えばレッグイールディング、輪乗りの開閉、速歩での“肩を内へ”、中間駈歩など、そのほか M クラスでは側方運動などの課目を利用して馬の歪みを正します。。
2.真直性
真直性とは、前躯が後躯の前方に位置し、馬体の縦軸が一蹄跡線上に一致していることであり、直線上においても曲線上においても馬体の縦軸がそれぞれの線上に一致していれば、その馬は真直ぐであると言えます。
一方馬体が歪曲し、後躯が前躯に対して右側に位置している場合、どのようにして馬を真直ぐにするべきでしょうか?
このような場合、騎手は両手綱で馬の前躯を右へ誘導しながら、内方脚で馬を外方手綱に向かって押し出します。すなわち、馬の右後肢の前に右前肢を合わせ、同時に、左脚で後躯の外方への逃避を防ぐと共に、左手綱で馬の肩口の屈折と逃避を防ぎます。この際最も大切なことは前方への推進扶助です。
馬を真直に歩かせるためには、すでに[1]歪曲の項で説明しているように、L クラスまでの運動課
目を使って行うことができますが、もし馬に正しい真直性が確立されていれば、正しい図形騎乗を行うことができます。
3.内方姿勢
ここで述べる姿勢(注1)とは、馬体全体にわたる湾曲ではなく、馬の項およびガクのみの譲りです。馬が正しく内方へ姿勢をとっているときは、項とガクを譲って、立髪(馬の頸の上縁部)は軽く内方へかしむいています。
このとき、騎手は馬の内方の眼と鼻孔をわずかに見ることができ、しかも馬の両耳は同じ高さを保っている。もし馬の片方の耳が他方より低ければ、その姿勢は正しくありません。ここでいう姿勢というものは、基本的にすべての曲線上において多少内方姿勢をとって騎乗します。ただし、直線上においてはまったく内方へ姿勢をとらずに真直ぐ歩かせます。
また、馬に内方への姿勢を要求するのは、項およびガクの譲りと柔軟性を求め、口向きを良くして透過性を得るためです。
もし馬が正しく内方へ姿勢をとって歩くことができたら、必ずや、真直ぐにも歩くことも可能です。だから、このような内方姿勢騎乗は直行進騎乗と併せ必要不可欠です。
注 1:日本において、内方姿勢というのは馬体全体にわたる湾曲と解釈されているが、これは[4]の湾曲のことである。しかし、この項においては、馬の項およびガクのみの内方への姿勢である。
4.湾曲
湾曲とは、特に馬の肋の部分を湾曲と言いますが、それは馬体全体にわたる内方姿勢のことです。一般的には巻乗り(直径6m)騎乗時における湾曲が最も大きく、そのほか隅角通過時や蛇乗り騎乗時などにおいてもかなり大きいです。(注2)
注 2:湾曲と屈撓とはよく誤って理解されていますが、湾曲とは馬体全体にわたる馬の側面の湾曲を言い、屈撓とは、馬の前後の収縮状態を言います。すなわち、それは、馬の頭部(項・ガク)と頸部(頸礎)の前後屈撓であり、後躯(腰関節・膝関節・飛節)の屈曲度を言います。
注3 : 屈曲(ベンド)とは、側方運動における肋の屈曲度をいう。
5.内方姿勢変換
行進中の方向変換を正しく行うためには、騎手は馬に必要に応じた姿勢と湾曲をとらせなければなりません。その姿勢と湾曲は、馬の項一首一脊椎一尾に至るまで一様な湾曲を示し、その縦軸は行進する線上に一致しているということです。そして、それによって、後肢は前肢の方向に正しく踏み込んで行くことが可能になります。これを我々は内方姿勢と言います。我々は騎乗中このような内方姿勢を絶えず馬に要求しています。 それでは、ここで具体的な内方姿勢の取り方を説明します。
- 内方姿勢の扶助操作(右手前)
- 第一期
騎手は初め馬に半減却扶助を与える。
第二期
このとき、内方脚は腹帯直後に保ちつつ、内方股(骨盤)と内方座骨を前方へ圧出すると同時に内方踵と内方膝を押し下げる。この動作で自然に体重は内方に乗るようになる。
一方、外方脚は腹帯の後方、約1~2拳の所に引き、馬の後躯が外方へ逃げないように制限(ま
たは支持)する。内方手綱を軽く控え、馬の頭を少し内側へ向ける。このとき、外方手綱は少しコンタクトを強め馬の外方の肩口を制限する。これらの操作を同時に行うことによって、馬の肋は内方脚を中心軸として側方に湾曲する。
第三期
このようにして、馬が項およびガクを譲って内方姿勢がとれたなら、騎手は内方脚で馬の外方手綱に押し出すようにする。そうすると、馬の外側の首が外方手綱に出てくるようになり、自ずと外方に支点を得ることが出来る。すなわち、外方手綱でコンタクトを得て乗ることが出来るようになる。
ここまでが基本的な内方姿勢を取る際の扶助操作ですが、ここで最も重要なことは、馬の項およびガクの譲りがあるかということと、馬の体勢やバランスがしっかりとれているかどうかということです。そのことがその後の騎乗または馬の理解にとても関係してきます。
すなわち、それぞれの体重・脚・手綱扶助の役割とその操作や「減却扶助の意義と目的」、そして更には「訓練段階6点」や「基本概念5点」などの理解によって、馬の動きや体勢がどうあるべきかということがだんだん分かってきます。
肝心なのは、常に馬は透過していることです。そうすれば、馬は騎手の推進扶助を受けて自ら姿勢(セルフキャリッジ)をとって前進します。すなわち、馬が透過していれば項およびガクは柔軟に譲っているのであり、騎手の推進がより可能になります。
それではここで基本的な両手綱と両脚の役割をまとめてみます。
内方手綱 一 馬の姿勢をとったり、誘導する程度に使う。
外方手綱 一 馬の外側の肩口(頭・首・肩)が、屈折しないように正しつつ、その肩口を蹄跡上に一致させるように支持または制限する。
内方脚 一 腹帯直後にて馬が内側に入らないように押さえると同時に、推進に努める。
外方脚 一 腹帯後方約1~2拳の位置で、馬の後躯が外方に逃避しないよう抑えると同時に支持する。
これが基本的な両手綱と両脚の役割です。
更に詳しく説明します。
馬は常に騎手の扶助に従うようにします。しかし、もし騎手が誤った扶助操作を行えば馬はそれを嫌い、反抗します。また、もし馬がまだ人間の扶助に慣れていなかったり、知らなかったりする場合は、騎手のより正確な扶助操作が大切です。
すなわち、騎手の扶助操作と馬のとる行動とは、絶えず合致しているベきであり、騎手は馬をよく理解するよう努め、徐々にその要求を高めるベきです。最初から多くを要求したら、馬はそれを嫌います。騎手は常に、その馬、その馬に応じた要求をし、馬が精神的にも肉体的にも可能な状態においてのみ、その要求を高めていくことが大切です。
もちろん、この際騎手の馬術知識、技術、感覚が大切であることはいうまでもありません。これらが備わっていれば、騎手は正しい扶助をその馬に応じて要求することができ、また、その要求を高めていくことができるでしょう。
これまで説明してきた基本的扶助操作というものは、先人が長年にわたり行ってきた方法を確立させてきたものであり、それは、馬という動物の本能、または習性というものを理解したうえで確立させてきたものなので、すべて理にかなっています。
だから、我々が馬に乗るうえにおいて考えるべきことは、何をすれば、馬はどんな行動を取るかということです。そして、どうすれば馬は最も速やかに、かつ従順に我々の扶助を理解するかということです。 しかし、理にかなっていないことをどんなにやっても、馬はまったく理解するはずはなく、かえって混乱するだけです。それゆえ、我々は正しい扶助操作を理解し、実行していかなければなりません。
それが基本的な扶助操作なのです。